大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和44年(人)1号 決定 1969年5月14日

請求者並びに被拘束者

ポール・イー・サイモンこと

ダニー・ディー・デニス

請求者

飯沼二郎

右両名代理人

小野誠之

右同

崎間昌一郎

拘束者

京都府川端警察署長

林良太郎

主文

一、本件請求はこれを棄却する。

一、本件手続費用は請求者両名の負担とする。

事実

一、請求の趣旨及び理由 別紙のとおり。

理由

一、準備調査の結果によれば、被拘束者は昭和四四年五月一二日午前一一時三二分頃京都市左京区吉田下大路四三番地先路上において、京都府警川端警察署吉田巡査派出所巡査野村正美・同田中茂生より職務質問を受けたうえ前記派出所に任意同行を求められてこれに応じ、同日午後三時〇分同所において、出入国管理令第七〇条第一項第五号違反罪で緊急逮捕され、同日午後九時右逮捕状が発布され、右逮捕令状にもとづいて現在、前記川端警察署にその身柄を拘束されていることが認められる。

二、しかして、右の各身柄拘束手続もしくは処分がその権限なしにされ、又は法令の定める方式若しくは手続に何等の瑕疵が存したものとは認められず、適法になされたことが明らかであつて、本件請求の理由のないことが明白であるからこれを棄却することとし、手続費用については人身保護法第一七条を適用して、主文のとおり決定する。(前田治一郎 緒賀恒雄 那須彰)

〔請求の趣旨〕

被拘束者 ポール・イー・サイモンこと

ダニー・デイ・デニス

のため、拘束者に対し人身保護命令を発付し、被拘束者を釈放する旨の判決を求める。

〔請求の理由〕

一、被拘束者の経歴と拘束されるに至る経緯

(1) 被拘束者は、一九四七年一一月二六日、米国ミズリイ州セント・ルイスに生れ、一九六四年一一月三〇日、米国陸軍に入隊、現在の地位は、米国陸軍一等兵である。

その間、一九六八年四月二八日から同年一〇月一一日まで、ベトナムで軍務についた。

被拘束者は、ベトナム、サイゴン南東で臼砲の攻撃を受けて、右腕に負傷をおつたため、一九六八年一〇月一三日、日本に送られ立川基地に着き、同年一〇月一四日から座間野戦病院で療養の途中、一九六八年一〇月二八日米軍を脱走した。

(2) その後、被拘束者は、昭和四四年五月一二日、午前十一時半すぎ、京都市左京区吉田下大路臼井方前を散歩中、京都府警川端署員に職務質問され、任意同行を求められ、川端署に連行され、同日午後三時、「出入国管理令違反」、「外国人登録法違反」で緊急逮捕され、現在川端署に留置されているところである。

(3) ところで、前述のごとく、被拘束者は、米国陸軍に所属しているものであるから、前述、出入国管理令違反、外国人登録法違反の犯罪は成立せず、右事実が明らかになつた以上直ちに釈放されるべきものであるが、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法」(以下刑特法と略す)第一八条によつて、被拘束者のごとく、「脱走兵」は、合衆国軍隊より要請があれば、検察官、司法警察官は再度逮捕することができるものである。

しかしながら、右刑特法一八条による逮捕は、以下に述べる理由で、法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束するものであるから本申立に及んだ次第である。

二、本件拘束の違法性

(1) 刑特法一八条の違憲性

右刑特法一八条の一般法としては逃亡犯罪人引渡法が、あるのであるが、右法によれば、第四条において、法務大臣は、外務大臣より逃亡犯罪人引渡請求に関する書面の送付を受けたときは、東京高等検察庁検事長に対し、引渡すことができるかどうかについての審査請求を東京高等裁判所にするよう裁量的に命ずることができ、その場合にはじめて、東京高等裁判所裁判官の発する拘禁許可状にはじめて拘束されうるものであり、右許可状による拘束されない場合においても同じく東京高等裁判所裁判官による仮拘禁許可状によらなければ、拘束はできないのである。

これはいうまでもなく、憲法三一条および三十三条の原則からすれば当然の定めなのであるが、刑特法一八条の身柄拘束はなんらこの令状主義の原則を免脱するものである。

さらに、逃亡犯罪人引渡法によれば、犯罪人を引渡す旨の請求を裁判所に請求すべきかどうかについては、法務大臣の裁量権が留保され(同法四条)さらに右犯罪人引渡請求については、東京高等裁判所の審査権が留保されている(同法八条、九条、一〇条)のであるが、右のような手続保障については、なんら刑特法には存在しない。

一般的には、特別法は一般法に優るという原則があり、右原則については、合理的な理由がある限り、通用する法原則と考えられるが、本件のような場合のごとく、このような差別を設けるべき、具体的な合理的理由がない限り、憲法三一条にいう「正当な手続保障」に明らかに反する法律といわざるを得ないものである。

特にこの点に関し、刑特法の立法根拠とされるべき、法律といわるべき、日米安保条約の違憲性については、憲法九条との関係で多くの学説の支持を受けているものであり、さらには、「逃亡犯罪人引渡法」においては、条約によつては、特別に規定を設けることができる旨の規定の存在があるが、しかしながら、前述、「正当な手続保障」に関する規定については、なんら、例外規定の存在が許されるとは明記していないのであり、憲法三一条、三三条の重要性から考えれば、この手続保障についての例外規定の存在そのものを許さない趣旨と理解すべきである。従つて「前述特別法は一般法に勝る」という法原則自体の適用も考えられない法律関係にあるといわねばならない。

(2) 本件処分の憲法八九条二項違反性について

本件被拘束者はアメリカ合衆国法令に照らし政治犯罪を構成する行為を行なつた政治犯罪人である。政治犯罪人不引渡の原則は確立した国際慣習法であつて、拘束者は国家公務員として憲法九九条九八条第二項により、右慣習法を遵守する義務がある。

即ち

(1) 被拘束者の所属する合衆国軍隊は、現在ヴトナム戦争の当事国であり米合衆国の国家政策である。右軍務に背き、逃亡したことが右政策に反した純粋な政治犯罪行為であることは明白である。

(2) 政治犯罪人を引渡さないことが、確立した国際慣習法であること学説判例の示すところである。

特に本年一月二五日東京地方裁判所民事第二部において右判断が下されたことは周知のことである。

(3) 昭和四三年一二月一七日クラーレンス・L・アームステット輸送部大隊五級特技兵は被拘束者と同様の地位にあり大阪府警察本部外事課で逮捕され、二時間後には米軍司令部神戸渉外事務所に引渡され軍事法廷で裁判を受けた上、本年二月ヴトナム前線基地へ強制的に送られたことは新聞等の伝えるところである。

以上であるから、刑特法第一八条第一項は「逮捕することが出来る。」というだけであり、その義務はない。むしろ、確立された国際慣習法並びに日本国憲法に基づき拘束者等は被拘束者に対して刑特法第十八条に基づく逮捕権並びに引渡権は有しないものであることは明白である。

三、拘束の違法性のまとめ

(1) 拘束の意義

本件拘束は、冒頭に述べたごとく「出入国管理法違反」等の罪名により緊急逮捕をなして後、京都府警川端警察署長は刑特法一八条による逮捕に切り替え拘束中のものである。ただこの逮捕の切り替えについては、刑特法一八条による身柄を米軍に引き渡す場合の前提として、刑特法一八条の逮捕がされるのである、従つて、右切り替え時間については、なんら、請求者に明らかにされる保障がないので、裁判所において、右逮捕切り換えの事実を調査して頂きたし、この作業がなければ、本申立制度の意義がなくなる。

(2) 拘束の違法性

本件処分は、前述のごとく、処分の根拠規定である刑特法自体が違憲である以上、これにもとづく、本件処分そのものも違法なものといわなくてはならない。

さらに右刑特法が違憲でないとしても、本件拘束が前述二(3)で述べたごとく、憲法八九条二項、に明らかに反するものであり明白に違法な手続といわなくてはならない。

(3) 結論

よつて、本件身柄拘束について請求趣旨記載の申立をなすわけであるが、本件身柄拘束について前述のごとく、憲法に著しく、反するものであるばかりでなく、他の救済手段は全くなく、刑特法一八条による逮捕がなされれば直ちに米軍に身柄が引き渡され、軍事法廷の管轄となるため、速やかに身柄の保護をなして頂きたい。米軍に身柄の引渡しがなされれば、請求者はなんの救済手段もなく、刑事訴訟法においても、逮捕中の身柄拘束については、なんの救済手段もないことを十分考りよして頂きたい。

よつて、請求者は、本日中に人身保護法一〇条による仮釈放の決定を求めるとともに、人身保護法第一二条及び人身保護規則第四条にもとずく被拘束者の救済のため本請求をする次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例